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小柄な馬と大柄な馬

小柄な馬と大柄な馬

ワクチン接種も進み日常が少しずつ戻ってきましたが、今年は在宅勤務で家にいる時間が長かったこともあって、この夏の東京オリンピックはで一番長く競技を観れたかもしれません。日本勢の活躍、海外のトップ選手たちの超絶技巧に目を奪われ、時に感動を、時に笑顔を、時に勇気をもらいました。仕事が一切手に付かなかったことは言うまでもありません。

仕事柄、ついついオリンピックを競馬目線で見てしまうものです。競技を見ながらつい「ハナ差か…」とつぶやいてしまったり、筋肉のつき方を見てしまうのは職業病でしょう。もちろん競技によりますが、陸上の100mなど短距離ランナーはガッシリした体付きで、それでしなやか。サラブレッドを想起させます。

短距離の場合、勝負を分けるのはスタートからの加速力、そしてスピードの持続力でしょう。加速力を生み出すには豊富な筋肉量が必要ですから、当然長距離ランナーより筋骨隆々、マッスルボディのランナーが目立ちます。これは競走馬でも同じことが言えるのです。一般的にサラブレッドも、大型馬は短距離馬であったり、力のいる馬場をこなすダート馬であったりすることが多く、筋肉量も豊富。対して長距離ランナーはシャープな体型で、筋骨隆々というより、しなやかな体型である場合が多いのです。これは人間もそうで、長距離ランナーはシャープな、軽い体付きをしています。

あくまで"一般的に"です。大型馬でも長距離を走っている馬はいますし、逆もしかり。ただより活躍できるのはどちらのカテゴリーかという話です。例えば、日本競馬の至宝と謳われたあのディープインパクト。デビュー戦は452kg。体重は増えないまま、4歳冬の引退レース・有馬記念では438kgで出走しています。これは牡馬としてはかなり小柄な部類。人間でいうと体重50kgちょっとの男性といったところでしょう。

通常馬は体付きがしっかりしているほうが高い値段がつきやすいものです。骨格のしっかりした牡馬はセールでも活発な取引が展開され、時に2億、3億という値段がつきます。対してディープインパクトは小柄な馬体から、セールでついた値段は7000万円。一般的には超高額に思われますが、当時天下を取っていたサンデーサイレンス産駒で、牡馬、しかも高額落札が相次ぐセレクトセールにおいて、7000万は安い部類と言っていいでしょう。実際ディープインパクトが落札された時のセレクトセールにはサンデーサイレンス産駒が14頭上場され、7000万円は上から9番目の価格でした。

その後の活躍についてはあえて深く触れなくてもいいでしょう。無敗の三冠含むGI7勝。日本を代表する名馬となりました。14戦のキャリア全てが2000m以上。一般的に中長距離と言われるカテゴリーで走り続けたように、小柄な馬は長距離で走る傾向の代表例だと思われます。

近年の小柄な馬の代名詞的存在であるメロディーレーンも中長距離馬。初勝利は2400mで、その後の2勝はどちらも2600m。3000mの菊花賞では5着に食い込むなど、小柄な馬らしく長いところで頑張る同馬は、なんと一番軽い出走体重が336kg。2勝目となった1勝クラスは338kgで、JRA最少体重勝利となりました。たぶんですが、サラブレッドの世界最少体重勝利ではないでしょうか。

普通ここまで小さいと非力で1勝もできずに引退するのが普通です。小柄といっても限度はあって、せめて390kg台は欲しいところ。340kgなんて人間でいったら体重30kgちょっと。そんな馬格で自分より200kg近く重い牡馬相手に健闘しているのですから、毎回生命の神秘を見ているようです。

私は昔仕事でメロディーレーンのデビュー前に会ったことがありますが、あまりの小ささに衝撃を受けたのを昨日のことのように思い出します。小さすぎて正規品の馬具が使えず、鞍も置けない、人間が乗るために鞍の下にスポンジなどを敷き詰めるなど、牧場スタッフさんたちは大変苦労をされていました。「これ以上小さいサイズはポニー用」という説明に思わず笑ったものです。

小柄な馬は確かに持続性に優れるというメリットはあります。500kg以上ある大型馬に対して、4本の脚にかかる負担も少なく、スピードが持続できるわけです。ただ競馬はジョッキーを乗せて走る競技。通常50kg以上背負わなくてはいけないもので、自身の体重の7分の1、8分の1の重りを背負って走ると、当然パワー不足を起こしやすくなり、離されて負けることも珍しくありません。

500kg以上の大型馬であれば、自身の体重の10分の1の重りを背負うことになりますから、やはり負荷としては軽いわけです。どうしても競走馬は脚元に負担が掛かります。金属疲労のような状態となった馬の脚は、屈腱炎など故障を発症してしまいます。馬体が軽いと脚元への負担が軽いというメリットは大きいものです。仮にケガをしたとしても、治った後の調整がしやすいのもメリットの一つでしょう。

これが大型馬だとそう簡単にはいきません。ケガを克服し治ったとしても、一度緩んだ体を締めていくには身体に調教から負荷をかけていく必要があります。ところが重たい身体で走ることによって、脚に再度負荷がかかり、故障を再発してしまうのです。大柄な馬は高く売れますし、小柄な馬よりパワーがあって活躍する可能性も高まりますが、いいことばかりではなく、リスクも大きいのです。

余談ですが、大型馬にはもう一つデメリットがあって、身体が大きいとゲートの中が狭いというネックがあります。たまにいるのです、大型すぎてゲートが窮屈な馬が。なんとか出そうとしても、窮屈な場所からなかなか抜け出せないことと一緒で、どうしてもうまくスタートを切ることができません。現代競馬ではスタートを決めることがかなり重要であることから、致命的な問題と言っていいでしょう。いくらゲート練習しても、体型が大きい以上防ぎようがありません。

理想は大き過ぎず、小さ過ぎずなのです。基本的に小さい牝馬の場合、繁殖すると大柄な体格の種牡馬が交配されやすい傾向があります。小さい×小さいという配合パターン、大きい×大きいという配合パターンがそこまでないため、適度な体格の馬が多いとも言えますね。ただ大きければいいかというとなかなかそうでもないのが競馬の面白いところと言っていいでしょう。

近年、例外とも言うべき馬もいました。GIを7勝したキタサンブラックがそれ。デビュー時すでに510kgあり、MAX出走体重が542kgと大型ながら、中長距離GIを勝ちまくった同馬。厩舎のハードトレーニングのおかげでサイボーグのような体型になったことも強くなった秘訣の一つですが、540kg超えの体型で菊花賞や天皇賞・春などの長距離GIを勝てる馬は極めて珍しく、当分長距離カテゴリーでここまでの実績を残す大型馬は現れないはずです。

前述したように、通常大柄な馬は脚元に負担が掛かりやすいものですが、キタサンブラックの場合は脚元もかなり頑丈なタイプだったのも大きかったのでしょう。見るたびに筋肉がつき、パドックを回る姿はまるで重戦車。スーパーホースは常識を超えてくると言いますが、まさに、キタサンブラックはそう言っていい馬でしょう。