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サラブレッドと他の馬(食用)の違い

サラブレッドと他の馬(食用)の違い

長らく競馬をやってきた筆者にとって、競馬をまったく知らない層の人間と競馬の話になった時、ほぼ必ず聞かれるのは「プラスになってる?(儲かってる?)」でしょう。「うん、プラス」と答えてしまうと、「じゃあ奢って(笑)」となるし、「マイナスだよ」とも答え辛い。そこは人間の見栄もあるから、同じように答えに悩んだ経験は一度はあると思います(笑)

もう一つ、よく聞かれる質問が、「え、馬肉食べるの?」。この質問、競馬ファンの皆さんは答えに窮するのではないでしょうか。もちろん筆者もその一人。そこで「食べるよ」と答えにくい。あくまで個人的には、どの生き物にも感謝の念を持って、命に感謝していれば食べてもいいと思うのです。

では競馬関係者は馬肉を食べるのか。以前、とある馬主さん、そして調教師の先生とご飯を食べていた時に、馬主さんが調教師の先生に、「ジョッキーや調教師、厩務員さんは馬肉を食べるのですか?」と聞いたことを思い出します。随分ストレートに聞くなと、隣にいた私もドキっとしたものです。調教師さんの答えは、「人それぞれの心情によりますから一概には言えません。ただ、私にとって馬とは友人という感覚なんです。“友達を食べられますか?“という問題だと思っていて、だから私は食べられません」というもの。なるほど、それなら間違いなく食べられないと思ったものです。

ただ、競馬場で目にしているサラブレッドが馬刺しとして食卓に並ぶかというと、実はそうでもないのです。一般的に馬刺しなど食肉加工されるのは、『重量種』。体重が1トン近い種類で、食用として繁殖されています。唯一、日本で重量種同士を競わせるのが北海道・帯広競馬場で行われているばんえい競馬。超大型馬たちがソリを引いて競い合うこの競馬で、一定以上の能力があるかどうかを審査される『能力試験』を合格できない馬は、食肉加工されてしまいます。経済動物とはいえ、かわいそうに思われるかもしれません。

ではばんえいで走る重量種の食肉加工を禁止すればいいかというと、そういう問題ではないでしょう。結局ばんえい競馬で使われない種類の馬たちが加工されるわけですからね。これはもう牛や豚、鶏などにも言えること。どの肉を食べるにしろ、命に感謝し食べる、それでいいでしょう。

馬刺しとして食肉加工される重量種はブルトン種、ペルシュロン種、ベルジャン種、そして交配種のペルブルジャン種、主にこのあたり。いずれも800kg以上の大型の種で、ほとんどはカナダ産。ほどよく脂の入っている肉が、一般的な馬刺しです。対して軽量種、つまりサラブレッドも中には食用として回される馬がごく一部にいると言われていますが、重量種に比べるとその比率は圧倒的に低いのです。

なぜならサラブレッドはアスリート。牛や豚は食肉の場合、ほどよく太らせる必要があります。対してサラブレッドは毎日調教を積んで、筋肉をつけていくことが求められていることから、食べてもあまりおいしくなく、サラブレッドながら人の食用とされる馬はまったく成績を残せない馬だとされています。

残念ながら競走馬として、余生を過ごせる馬は一握り。日本では年間7000頭ほどのサラブレッドが生産されていますが、一世代あたり、種牡馬として後世に血を残せるのは10頭~20頭ほど。繁殖牝馬となる馬、乗馬として各牧場や、馬術クラブで面倒を見てもらえる馬は、7000頭のうち、1割に満たないとされています。残りの馬は言わずもがな、殺処分です。

残酷極まりない事実なのですが、馬を飼育するには厩舎が必要ですし、運動するためのスペース、そして飼育する人間の手が必要です。日本は国土が限られていますし、どの牧場も人不足でアジア各地からの出稼ぎ労働者に頼っている現状から、スタッフも圧倒的に足りていません。全体で7000頭ではなく、年間7000頭ですから、10年で70000頭。全馬救うというのはさすがに非現実的です。1頭でも多くが救われてほしいという思いはもちろんあります。今は引退馬のための募金なども増え始めており、それらの活動に目を向けるのも、競馬で普段馬に走ってもらっている以上、ファンとして当然と言えるかもしれません。

人用の食肉とならないサラブレッドたちは家畜のエサとなるのが主流。その家畜を我々は食べているわけですから、より一層命に対しての感謝を忘れてはいけない気持ちにさせられます。目を背けたい現実がここにあります。

ここまで名前を出してきた種類はすべて横文字、カタカナであることから分かるように、古くから日本に在来していた種ではありません。ところが馬食文化は、地域によっては400年以上前の戦国時代から日本に定着しています。つまり日本人はサラブレッド導入以前から、在来馬を食べていたわけです。

多くの方々は馬=サラブレッドのイメージが強いでしょう。競馬にも使われていますし、乗馬でも定番ですからね。他にも馬といえば、ポニーを思い浮かべるかもしれませんが、厳密に言うと、ポニーとは特定の品種を指すわけではなく、体高147cm以下の馬たちをまとめてひとくくりにし、『ポニー』と呼称しているに過ぎません。日本にも『ポニー』に分類される在来馬たちがいます。

今現在、存在するのは8種類。有名なところでは北海道の道産子、長野県や岐阜県の木曽馬、宮崎県都井岬に生息する御崎馬、沖縄の宮古島に在来する宮古馬、そして同じく沖縄の与那国島に在来する与那国馬などが挙げられます。

それこそ戦国時代、『馬』と言えばこれら在来馬でした。ゲームやアニメではサラブレッドがモデルとして描かれていますが、現代のサラブレッドは血統を辿っていくと、ダーレーアラビアン、バイアリーターク、ゴドルフィンアラビアンの3頭に行きつきます。この3頭が生きていたのは今から300年ほど前で、日本で言えば江戸時代。戦国時代にそもそもサラブレッドが存在しないのです。ポニーに乗って戦っていたと思うと正直意外に感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

ただ、これらの在来種たちは今、絶滅の危機に瀕しています。かつて日本中にいた馬たちは、日本の近代化に伴い、国策として体の大きいサラブレッドたちと交配され大型化。120年前に施行された馬匹去勢法により、種牡馬候補以外の牡馬は全て去勢することが義務付けられてしまったため、在来馬たちは急速に姿を消していくことになります。

現在日本で見られる在来馬の前述8種のうち、野生で生息している馬たちの棲み処は、いずれも山奥や、海沿い、離島など、人の目が届きにくい場所なのです。北海道の道産子こそまだ1000頭近い数がいるとされていますが、宮崎の御崎馬は現在100頭ほど。沖縄の宮古馬に至っては100頭を切っている状況で、多くの在来馬たちが天然記念物とされており、保護の対象となっているのです。

競馬に限らず、馬は過去の国策などに翻弄されてきた歴史があります。競馬を引退した馬の行く末だけでなく、在来馬の厳しい状況など、馬の置かれた現状に少しでも目を向けていくことが、我々のできる馬への感謝の一つなのではないでしょうか。