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しまうまとサラブレッドの違い

しまうまとサラブレッドの違い

『レーシング・ストライプス』という映画をご存じでしょうか?サーカスで飼われていたシマウマが置き去りにされ、農場に拾われる。農場の隣には競馬場があり、“ストライプス"と名付けられたシマウマは、競走馬に憧れ、サラブレッド相手に勝負を挑むというストーリー。

この映画の何が凄いかというと、レースシーンで本物のシマウマを起用していること。動物園で人気者となっている、あの愛くるしい姿とは裏腹に、実際のシマウマは非常に獰猛とされています。それこそ競走馬は生まれてから『競走馬となるために育てられる』もの。まずは鞍をつけるのに慣れ、人を乗せるのに慣れ、人を乗せて走るのに慣れ、ゲートを上手く出る練習や、馬の間で我慢することなど、人間の指示に従うための訓練を1歳から行ってようやく競走馬として競馬場でデビューするのです。

非常に獰猛なシマウマを、映画の撮影用に調教する。実際のレースのように見せるためには模擬レースを乗り切るレベルまで調教しなければリアリティがありません。映画のワンシーンとして成立させるまでにシマウマを調教したスタッフさんたちの技術には驚愕します。

そもそもシマウマと、競走馬となるサラブレッドは遠い存在。シマウマは『ウマ』と名前がついているようにウマ属ではあるものの、サラブレッドよりロバの系統に近いのです。ロバは古くから移動用の手段、輸送の助けとなる存在として人間の生活に多く関わっていました。シマウマもアフリカを植民地として支配しようとした欧州列強の名だたる兵士が調教し、移動手段にしようとしたようですが、ことごとく失敗したと伝わっています。

これは生活環境の影響が強いのでしょう。シマウマが生活する地域はアフリカ。サバンナで天敵であるライオンやハイエナ相手に暮らしていかなければいけないわけです。サバンナは広大で、隠れる場所も少ない。常に天敵の脅威を避けるため、警戒心が遺伝子の中に組み込まれているのです。耳を見ると分かります。とにかく大きい。体格は馬より小さいのに、耳だけなら馬より大きい。これは草むらのほんの少しの音を聞き分けるために、長い年月をかけて進化した結果でしょう。

対して馬、特に現代でいう『サラブレッド』は歴史が異なります。サラブレッドの歴史は意外と浅く、品種として確立されたのはここ2、300年のこと。世界中の競馬場で走る競走馬たちは、ダーレーアラビアン、バイアリーターク、ゴドルフィンアラビアンという3頭の馬の血が紡がれて誕生しているのです。競馬界ではこの3頭を『三大始祖』としています。

1700年頃にシリアで誕生したダーレーアラビアン、その20年ほど前にトルコで誕生したとされるバイアリーターク、ダーレーアラビアンから遅れること20年後にシリアで誕生したとされる(北アフリカ産という説もある)ゴドルフィンアラビアン。シリア、そしてトルコ。いずれも中東の国々ですね。

エジプト文明やメソポタミア文明という2つの大文明を起源とする中東は、古来より数多くの王朝が生まれ、新しい文化が生み出され続けてきました。移動手段として古くから用いられてきたのが馬。サラブレッドの祖先にあたる馬たちは長らく人間と共存する立場にあったわけです。サバンナでライオン相手に戦い続けてきたシマウマとは生きているバックグラウンドが異なります。

警戒心を解くことの許されない環境で進化を続けてきたシマウマと、長年人間と共存し、より速く走ることを目的として生産されるサラブレッドは、同じウマ目で見た目が似ていると言っても、実際はまるで違う生き物と言えるのです。

では現実で、レーシング・ストライプスのような、シマウマを競走馬として競馬場で走らせることは可能なのでしょうか。

仮に日本でシマウマを競走馬として走らせようとした場合、厳しいと言わざるをえません。いかに競走馬として調教が上手くいっても、端的に言えば日本のレースはサラブレッドか、サラブレッドの血を持っている馬しか出られません。そもそも日本の競馬設定上シマウマがデビューする想定はされていないでしょうから、シマウマとサラブレッドのハーフがいた場合、一体どのような扱いになるのかは私も気になるところです。

レーシング・ストライプスの舞台であるアメリカは、サラブレッド以外のレースも行われています。ロデオなどで使用されるクォーターホースのレースがそれ。圧倒的なスピード能力を持ち、3、400mの短距離戦が現在も行われているものの、両親が共にクォーターホースか、一方の親がサラブレッドで、能力検査や外貌審査を経てクォーターホースと認められなければ、レースに出走することはできません。制度上、シマウマが競馬を走るのは主要国ではほぼ不可能と言っていいでしょう。もちろん世界は広いですから、アフリカの草競馬でシマウマを使ったレースが行われているかもしれませんが。

仮に、『ウマ科であれば誰でも出ていいレース』があったとしましょう。サラブレッドでも、ロバでも、シマウマでも、ウマ科であれば無条件で出走できる、いわば"なんでもダービー"のような条件を作ったとします。正直なところ、シマウマを競走馬としてデビューさせるには数多くのハードルがあると言わざるをえません。

まずは前述したように、非常に獰猛な性格であること。これはもう代々生息してきた場所が場所だけに仕方ありません。動物園で繁殖したとして、5代前までの祖先が全て動物園生まれだったとしても、遺伝子に刻まれている要素を覆すには至らないでしょうね。

もちろん彼らも生き物です。1000頭に1頭、いや10000頭に1頭、おとなしい個体もいるかもしれません。的確におとなしい個体を選び出し、何とかして鞍までつけるところまで成功したとしましょう。最も大型なグレビーシマウマで体重350kg~420kg。現在中央競馬で活躍するメロディーレーンは、1勝クラスを勝った時の体重が338kgですから、体重面の問題はギリギリセーフ。

余談ですが、筆者はデビュー前、2歳になりたてのメロディーレーンと会ったことがあります。当時の体重は320kg程度。サラブレッドは大きい馬で600kgに達するほどで、一般的に小柄と言われる馬でも400kg少し。いくら2歳になりたて、まだ子どもと言えど、320kgは尋常ではない数字です。スタッフさんたちも「こんなに小さい2歳馬は見たことがない」と言うほど。馬に着せる『馬服』も、一番小さいサイズを着せてもブカブカ。馬具も全て一番小さいサイズを使ったもののブカブカ。

普段着る馬服はまだしも、騎乗するとなると鞍を付けなければいけません。メロディーレーンはあまりに小さいため、鞍もしっかりつけられず、鞍の下にスポンジなどを挟んでなんとか装着するという形を取っていました。シマウマでも同様の事象になることが考えられます。まずシマウマにどうやって鞍をつけるか、頭を悩まされることでしょう。

無事に鞍を付けたとします。ここで"シマウマ競走馬デビュー計画"は最大の問題に直面するでしょう。シマウマは背中が下に沈んでしまっていることから分かるように、背腰が弱いのです。そもそも人を乗せるよう進化はしていません。走るための筋肉は肩、そしてお尻の部分に集中しているのですが、シマウマの場合は一瞬でトップスピードに達することが求められるため、この部分の筋肉が特に発達し、背腰の部分の筋肉が弱くなるのです。

人を乗せて走る場合、背腰の筋肉が弱いのは致命的。背腰が陥没していることで上から掛かる力が一気にのしかかり、スピードは出ませんし、故障の原因となるでしょう。仮に400kgのシマウマと、400kgのサラブレッドがいたとして、50kgの人間を乗せた場合によりスピードが出るのは後者。サラブレッドは背中の筋肉も発達しています。もちろん400kgはサラブレッドにとっては小柄な部類にあたりますから、大柄なサラブレッドに比べてジョッキーの体重は敏感になります。それでも背中の筋肉が発達していないシマウマよりはマシでしょう。

つまりシマウマを競走馬としてデビューさせるには、①種族の遺伝子に反して非常におとなしい、②シマウマの中でも大柄である、③背中の筋肉が通常に比べて2倍はついている、この3つの条件を最低限満たさなければいけません。何十万頭に1頭だけ、もしかするとこの条件を全て満たす『奇跡のシマウマ』が存在する可能性は否定しませんが、苦労して見つけたとしてもレースに出られるか審議されるでしょうし、そうまでしてシマウマを競馬に使おうとする執念は、一体どこから生まれるのか分かりません。

そもそも、一瞬でトップスピードに達するシマウマは長い距離が走れません。例えばサバンナでライオンに追われたとしても、1km~2km走り続けることはありませんからね。競馬は短い距離でも1000m弱。スタートして最初の100m近くはついていけても、ズルズルと下がっていき最後方に置いて行かれてしまうでしょう。中央競馬には距離、条件に応じて『タイムオーバー』と呼ばれる制度があります。1着から一定の秒数離されると、1カ月以上出走できなくなってしまうのです。とにかくシマウマを競走馬としてデビューさせるにはハードルが高い。

仮にデビューしたとして、タイムオーバー以前に故障の危険性はサラブレッドより遥かに高いはずです。蹄の部分から少し上、脚の先が曲がった部分にあたる『繋ぎ』の部分が、サラブレッドより圧倒的に短い。繋ぎはクッションの役割を果たします。走る際、地面から伝わってくる衝撃を緩和させるわけです。誰も乗せていない野生の状態なら問題ないでしょう。人を乗せないといけない競馬となると致命的な弱点となる可能性があります。

ただし、これはシマウマの歴史を考えると致し方ないことなのです。前述したように、シマウマはサバンナで天敵の脅威に耐えながら生きてきました。ライオンなどが近づいてくれば一瞬で反応し、一瞬でトップスピードになる必要があるとすでに書いてきましたが、繋ぎは長いと、その分脚の振り幅が大きくなってしまい、トップスピードに到達するのが遅くなってしまうのです。

これはサラブレッドも一緒。序盤からスピード任せに飛ばす短距離を中心に走っている馬たちは、ペースがゆったりしやすい長距離を中心に走っている馬たちに比べて、繋ぎが短いという特徴があります。短いからこそ繋ぎの振り幅が小さくなり、より早くトップスピードに乗れ、好走できるわけです。シマウマがサバンナという厳しい環境で生きていくためには、『繋ぎは長くなってはいけない』という制約があったのです。

ここまで書いて改めて感じるのは、いかにシマウマを競馬に使うことが難しいかということ。ここまでの話の流れを頭に入れてレーシング・ストライプスを見直すと、とてつもない映画だと感じるものです。レースシーンはCGも駆使されているとはいえ、CGを使用していないシーンも実に自然。ここまでシマウマを馴致した映画スタッフの皆さんの苦労がしのばれます。

近代競馬の歴史は意外と浅く、まだ300年少し。その間に多くのルールが導入され現在の形となったわけですが、逆に言えばまだルールは変わりつつあるわけで、この先、『シマウマもレース出走は可』という新たなルールが生まれる可能性も否定はできないでしょう。騎乗技術は長い時間を経て進化しており、気性を矯正する馬具も年々増え、進化の道を辿ってきました。もしかすると何十年後かにシマウマを競走馬として馴致することが可能になる瞬間が来る…かもしれません。それこそシマウマとサラブレッドの交配などで新たな種が誕生するかもしれません。

現在、ソダシという白毛のアイドルホースがG1を次々に勝って話題を集めています。近い将来、真っ白な馬の隣に、白と黒のストライプのサラブレッド?が並んで走っていても、決しておかしくはないでしょう。シマウマの血を持った馬を短距離で本命にするのが、今から楽しみでなりません(笑)